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洗濯日和なのに
2007/04/15(Sun)
洗濯物を洗っていたら、洗濯機の底になぜかポケットティッシュのビニールケースが…。
あああ〜。
はりついたティッシュをはたきおとして、洗濯のやりなおしです…。
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ヤフオクでドルフィー衝動買い
2007/04/11(Wed)
ヤフオクを毎日ながめては、あれがいいだのこれがいいだのとSDの検索するまいにち…。はぁ、溜め息ついてしまいますw
よく使う検索の語句は全体でひろうなら「SD、DD、MSD」や「ヘッド、ボディ、アイ、ウィッグ、服」などの言葉をつなげると楽にお目当てのものが簡単に検索できちゃいます。小さいサイズのものを探すときには、「幼SD、ポケット」の言葉はとても強力です。「カスタム」の語句も使用頻度の高い言葉みたいなのでいろいろと制作者のこだわりのこもった良いものがごろごろでてきましたよ。
さてそんなわけでようやくいいお値段で、MSDとオビツ60のボディと洋服を手に入れることができました。出品者には感謝です^^ヘッドにはREAL Missing Link様の眠り顔をチョイス。あまりの精巧な出来のよさに、メイクするのにも度胸がいります。
韓国製のお人形もなかなかいい素体が多くなっています。選ぶのも迷いますが、やはりVOLKS様のドルフィーは一歩うえをいっているかもしれません。ちかごろは子供のぷに〜っとした柔らかさを取り入れて、さらに磨きをかけているみたいです。

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PC整理アンインストール
2007/04/08(Sun)
 パソコンに使わなくなったアプリケーションソフトがいっぱいでてきたので、掃除しようとアンインストールを始めました。春ですからねぇすこしはPC整理もしておかないと。
 いいソフトというものは最後のアンインストールの時に、「ファイルのひとつも残さずきれいさっぱり痕跡すら残さず消えてくれるもの」がいいソフトだと持論があります。痕跡の確認すらできないメーカーのものは「すご〜ぃ、さすが〜」とほとほと感心してしまいます。
アンインストールの必要もなく、フォルダごと削除してくれればOKというソフトも親切設計であるといえましょう。そういうソフトはユーザーに対してもかなりの配慮をしていますから、安心して使えるソフトといえます。
 反対にダメソフトというものは、表面的にはアンインストールしましたと表示されていてもファイルはそのまま全部のこっていたり(^^; アプリケーションの稼動を完全停止してからでないと、きちんと消えないといったものがダメな会社のソフトです。そんなものはアンインストールのボタン押したときに、停止サービスも一緒にしてくれなきゃねぇ〜。結構怖いのが試用版のアンチウィルスソフトを消すとき。起動時に勝手に立ち上がってしまうものがほとんどですから、手動で停止させてからでないと消すことができません。停止させてもツールバーにアイコンが表示されているうちはまだ機能は稼動している場合もあります。おまけに他のファイルに根を張っているから安心して消すこともできません。こういった会社のソフトをアンインストールの時にみると「だめだねぇ〜こりゃ〜」とか思っちゃうわけです。おまけに「アップデートするからお金払え〜」ってメッセージが毎回でた日には、「お前のほうがウィルスよりたちがわるいわぁー!」とかとかとか…。世の中ダメソフトも多いですから取り扱いには気をつけましょう。
 基本的にアンインストールする時には、そのファイルがどこにあるかプロパティなどで確認してから消しましょう。大抵はC:ドライブのProgram Filesにあるとおもいます。もしファイルが残ってしまった場合にはアンインストールのあとに、安全を期して一度再起動させます(機能を完全停止させる)。そのあとから場所を確認しておいたファイル&フォルダを消すという寸法です。再起動させるまえにさきにファイルを消してしまうと最悪の場合システムが壊れてしまいますのでご注意を。
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ユダの福音書の真偽
2007/04/04(Wed)
 ちょっと心に気にかかっている本のひとつにユダの福音書と呼ばれるものがあります。近年発見されたばかりのこの新しい福音書には、ユダの裏切りはイエスの指示によるものだというクリスチャンが読んだら卒倒しそうな事実が書かれているのです。正直いってこの福音書の出自もかなーり怪しいのですが。年代や製本の仕様、文字などを調べてみても他の福音書と比べてもかなり年代は確かなようで本物であると断定されています。過去キリスト聖書からふさわしくないとして除外された聖典はいくつかあるのでこの点からはいままで知られていなかったのも不思議ではありません。しかしながらユダの福音書の場合、書いたのがグノーシス派と呼ばれる人達だろうと推定されているところからまず怪しい路線を走っているのです。グノーシス派というのはいまでいう感覚だと怪しいカルト教団といったところでしょうか。彼等の考え方は捉え方によるとある意味間違えてはいないのですが〜…。どういうものかというと大まかに言えば真の神ははじめから意図したうえで善と悪をつくりだしている。物質はこの世の悪であり、霊こそが真の善であるというようなことです。はっきり言って異端というより、別の宗教観をもっているといったほうが正しいです。
 さてこの問題のユダの福音書ですが、どういうものか説明いたしましょう。内容からするとユダは他の使徒達よりも正確で正しいキリストの教えを受け継いでいるみたいです。他の使徒達はまだ理解の域には到達しておらず、この時点ではユダのみに真理を伝えているというのです。福音書の中ではイエスはユダに対して「お前は12使徒の座を奪われ、ほかの者がその任につくであろう。」「ユダはイエスを彼等に引き渡さなければならない。」「私はもはやお前のうちにある聖霊を12使徒とは呼ばず13番目の使徒と呼ぶ。」というような内容が書かれ、どこをどうとってもイエスがユダの裏切り行為を前もって告げているとしか思えないことが書いてあります。正典から見る限りではそのようなことは一言もかかれておらず、ユダは裏切り者として2000年ちかくも罵られてしまっているわけです。
 正典であるマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書は若干書かれている内容が一致していない部分もあります。もっとも福音書自体が使徒が直接書いたわけでもなく口伝などにより使徒の死後数十年〜数百年後に書かれているのですから、そのへんの誤差はあるのです。ひとによって同じことでも全く別のことに捉えてしまうこともあるのですから。霊的な観点でみる限りではヨハネの福音書が圧倒的にいちばん真理の側面を捉えています。が、このユダの福音書がもし真実であるとすると、キリストの裏側まで見えてしまって、もっと隠されている奥深くまで洞察できるようになってしまうのです。もっともある程度の見識がないと全く理解できないでしょうが。たとえば神やキリストの敵であるサタン、なんで存在するのでしょう。エデンの園にあった善悪の知恵の木、なんで切り倒さなかったのでしょう。万能の神ならば、それがあれば人間が悪に走ることを予知しているでしょうに。サタンが人間を悪に連れ去るのなら、サタンをはじめから取り除くでしょうに。そう、必要だったのです。人間が善悪を知り、罪を覚えることが。無知なままでなく知恵を覚えなくてはならなかったのです。サタンはそのために備えられたいわば悪役、黒子みたいなものです。
 このユダの福音書、さて一体誰が伝え書いたのでしょう。いえ、裏切りの直後にすぐ自殺して死んだ、しかもその隠されたイエスの奥義を理解させて、一体どこの誰が後世に伝えられるというのでしょう。唯一この福音書の救いは、ユダの裏切り行為が彼個人の考えだけで動いていたわけでもない、と問いを投げかけているところでしょうか。彼が悪いことをするとわかっていたのならば、それを止めさせ考えを改めさせることもできたはずです。明らかに神の思惑には、悪と罪への不審の心を利用し喚起させて、そのうえでそれらを打ち消すくらいのより強烈で正しいものを打ち立てています。正しいものの象徴としてキリストを打ちたて、悪いものの象徴として反対にユダを置く。果たしてユダは、そこまでわかっていながらも後世にまで残る汚名をあえて受けてまで、ほんとうに裏切り役という裏舞台に身をおいているのでしょうか。地獄という永遠の苦しみを受け続けるのでしょうか。そこまでこの聖典のとおりユダに思慮があり身を犠牲にしているのなら、私は彼をこの世の批判から弁護し救います。
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